徳島地方裁判所 昭和61年(ワ)97号 判決 1988年3月11日
原告
久保守
ほか二名
被告
唐金友美子
ほか一名
主文
1 被告唐金友美子は原告久保守、同久保三代に対し、それぞれ金八三七万四一五〇円、及び、うち金七五七万四一五〇円に対する昭和六〇年七月一九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告唐金友美子は原告有限会社久保守商店に対し、金二四万八〇〇〇円、及び、これに対する昭和六〇年七月一九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告唐金友美子に対する原告久保守、同久保三代及び同有限会社久保守商店のその余の請求をいずれも棄却する。
4 被告日動火災海上保険株式会社に対する原告久保守及び同久保三代の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用はこれを一〇分し、その各三をそれぞれ被告唐金友美子、原告久保守及び同久保三代の、その一を原告有限会社久保守商店の、それぞれ負担とする。
6 この判決の第一、第二項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の申立及び主張
一 請求の趣旨
1 被告唐金友美子は原告久保守、同久保三代に対し、それぞれ金一八四九万八六六八円、及び、これに対する昭和六〇年七月一九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告日動火災海上保険株式会社は原告久保守、同久保三代に対し、被告唐金友美子と連帯して、それぞれ金一二五〇万円、及び、これに対する昭和六〇年一一月二〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告唐金友美子は原告有限会社久保守商店に対し、金六二万円、及び、これに対する昭和六〇年七月一九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 第一ないし第三項につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告唐金友美子)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(被告日動火災海上保険株式会社)
1 原告久保守、同久保三代の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は右原告らの負担とする。
三 請求原因
〔以下、原告久保守を「原告守」と、原告久保三代を「原告三代」と、原告有限会社久保守商店を「原告会社」と、被告唐金友美子を「被告唐金」と、被告日動火災海上保険株式会社を「被告会社」という。〕
1 事故の発生と被害者の死亡
イ 訴外久保尚子(以下「尚子」という。)は、昭和六〇年七月一九日午前三時三〇分ころ、徳島県板野郡板野町松谷字小山鼻北四番地先路上で、被告唐金運転の普通乗用自動車(以下「事故車」という。)助手席に同乗中、事故車が道路脇のガードレールを突き破つて路上に転落して大破した交通事故(以下「本件事故」という。)により、全身打撲等の傷害を負つて即死した。
ロ 右事故の原因は、被告唐金がスピードを出し過ぎてハンドル操作を誤つたことにある。
2 責任
イ 被告唐金
被告唐金は運転ミスにより本件事故を起こした。よつて、自賠法三条及び民法七〇九条により、その賠償責任がある。
また、被告唐金は、事故車の所有者である原告会社に対し、民法七〇九条により、事故車の物的損害の賠償責任がある。
ロ 被告会社
(1) 被告会社は本件事故当時、事故車の所有者である原告会社との間で保険金額二五〇〇万円の自賠責保険契約を締結していた。
(2) よつて、その保険金額である二五〇〇万円の限度で、被告唐金と連帯して、尚子の死亡に基づく損害を賠償する責任がある。また、原告守及び同三代は、直接被告会社に対しその支払いを訴求できる。
3 損害
イ 逸失利益 三二四三万九〇五二円
尚子は死亡時一八歳で、短期大学の学生であつたから、昭和五九年度賃金センサス女子短大卒の平均賃金二〇五万四六〇〇円を年収とし、一八歳から六七歳までの新ホフマン係数二四・四一六から一八歳から二〇歳までの二年間の係数一・八六一を控除した二二・五五五を乗じて、さらに生活費控除割合を三〇パーセントとして算出した。
2,054,600×22.555×0.7=32,439,052
ロ 慰謝料 一五〇〇万円
尚子は一人娘で、原告ら両親の生きがいであつた。これを失つた原告らの嘆きは言葉では言い尽くせない。諸般の事情を考慮して慰謝料は一五〇〇万円が相当である。
ハ 葬儀費 七〇万円
(以上人身損害分 合計四八一三万九〇五二円)
ニ 好意同乗減額 三〇パーセント
人身損害分について三〇パーセントを控除すると三三六九万七三三六円
となる。
ホ 弁護士費用 三三〇万円
原告両名は、本件の認容額の一割相当額を弁護士費用として支払う旨約した。
(ここまでの人身損害分合計 三六九九万七三三六円)
ヘ 車両損害(物損) 六二万円
4 相続
原告守及び同三代は、尚子の父母であり、相続人はこの両名のみである。
よつて、右人身損害分を均等に相続したので、一名あたりの請求額は
一八四九万八六六八円
である。
5 よつて、請求の趣旨記載の判決を求める。
四 請求原因に対する答弁
(被告唐金)
1 請求原因1のイの事実は認める。
同1のロは争う。本件事故の原因は、尚子が被告唐金に対し、高速度で運転するよう指示したため発生した。主たる原因は尚子の右無謀な指示にある。
2 同2のイの被告唐金の責任については争う。
3 同3の損害については不知。
4 同4の相続関係は不知。
(被告会社)
1 請求原因1のイの事実は認める。
同1のロは不知。
2 同2のロの(1)の事実は認めるが、同(2)は争う。
3 同3の損害については不知。
4 同4の相続関係は認めるが、その余は不知。
五 抗弁
1 被告唐金
イ 被告唐金は、本件事故当日尚子が運転する事故車に同乗していたところ、途中で尚子が運転免許証の不携帯に気付き被告唐金に運転の交代を懇請したためやむなく代わつて運転した。運転交代後、尚子は深夜であるのに高速運転でスリルを楽しむため被告唐金に指示して本件事故現場道路まで運転させたうえ、一〇〇キロメートルを超える速度での運転を執拗に要求して被告唐金に高速で危険な運転をさせ、それに従つて高速運転した被告唐金が結局運転操作を誤つて本件事故を起こした。
このように、尚子は当初から一貫して被告唐金の運転を支配して無謀な運転を指示し続け、これが本件事故を惹起した直接の原因であるから、尚子は単なる好意同乗者ではなく運行供用者そのものであり、自賠法三条にいう「他人」にあたらない。
ロ また、右のとおり、本件事故の直接の原因は尚子の無謀な運転指示にあるから、本件事故はもつぱら尚子の過失により発生したものというべきであり、被告唐金には損害賠償義務はない。仮にしからずとするも、大幅な過失相殺がなされるべきである。
2 被告会社
自賠法三条の「他人」とは、運行供用者、当該自動車の運転者及び運転補助者を除くそれ以外の者をいい、運行供用者は自賠法による保護から除外される。ところで、尚子は同人の父親が事実上管理する事故車を借りてドライブ中に、被告唐金主張の右1のイのとおりの経緯、態様で被告唐金の運転を支配し、かつ、運行利益を享受していた。よつて、尚子は被告唐金に対する関係でも、事故車の所有者である原告会社に対する関係でも、まさに運行供用者そのものであり、自賠法三条の「他人」にあたらない。
よつて、原告会社は本件事故につき保有者責任がなく、したがつて被告会社は損害賠償額の支払義務がない。
六 抗弁に対する答弁
1 被告唐金の抗弁に対し
イ 尚子が被告唐金に対し、自賠法三条の「他人」性を阻却されるいわれはない。事故車に対する尚子と被告唐金の運行支配の程度は同等ではなく、被告唐金がはるかに直接的である。すなわち、尚子が当時一八歳の未成年者であつたのに対し、被告唐金は上級生ですでに成年に達していて、尚子より行為能力上も判断能力上も優位にあつた。したがつて、本件事故現場に赴くことや高速で運転することを尚子が提案したとしても、被告唐金がこれに服してそのような運転をしなくてもよかつたわけであり、被告唐金の運転は自らの判断で運転をしたのである。また、被告唐金は免許取得後三〇キロメートル超過の速度違反の前歴がある。本件事故当時の事故車の運行は、現実にハンドルを握つていた被告唐金が支配していたというべきであり、尚子に運行支配の可能性があつたとしても、その程度は被告唐金に比して劣弱であつた。
ロ 被告唐金は右のように自らの判断で運転するにあたり運転操作を誤つて本件事故を惹起したものであるから、本件事故につき尚子には過失はなかつた。
2 被告会社の抗弁に対し
事故車の運行に対する尚子のかかわりの実情は右1のイのとおりであり、したがつて、尚子は原告会社に対しても「他人」性を阻却しない。
第二証拠関係
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 請求原因1のイの事実は全当事者間に争いがない。
二 保険契約
請求原因2のロの(1)の事実は被告会社との間で争いがない。
三 本件事故に至るまでの経緯
1 成立に争いのない甲第一、第二号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一ないし第一三、第一八号証、原告久保守本人尋問の結果(一部)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
イ 事故車は、尚子の父親である原告守が代表取締役で、スーパーマーケツトを業とする原告会社の所有であるが、実際にはしばしば尚子が運転していた。
ロ 尚子は昭和四二年二月一五日生まれで、当時四国女子短期大学の一年生であつたが、事故の数時間前である昭和六〇年七月一八日夜友人である同大学二年生の菊川日登美と日和佐町に海亀の上陸の見物に行く話になり、これを知つた菊川の同級生である被告唐金(昭和四〇年六月二一日生)、由岐中純子、夕部朱美の三人も同行することになつた。
ハ 同日午後一一時ころ、尚子が事故車を運転し、右菊川、被告唐金ら四人が同乗して日和佐町の大浜海岸に行つた。日和佐で、尚子が免許証を携帯していないことに気付いて運転の交代を望んだため、帰りは被告唐金が運転して徳島に戻つた。
ニ 翌七月一九日午前二時ころ徳島市内のレストランで食事をした後、被告唐金の運転で帰途についたが、被告唐金らはそのまままつすぐ帰宅するものと思つていたところ、途中、尚子が「面白いところがあるから行こう。」と、寄り道をするよう主張し、特に反対する者もなかつたことから、尚子が助手席から被告唐金に経路を案内して本件事故現場に向かつた。尚子は本件事故現場に近づくまで、どんな意味で面白いのか説明せず、「行けばわかる。」などと言いながら道案内をした。後部座席のその余の三人のうちには仮眠している者もあつた。
ホ 事故現場道路は尚子以外は来たことがなく、もつぱら尚子が主導したもので、尚子がそこに導いた目的は、現場道路が交通の殆どない道路で、カーブや起伏が多く、高速で運転すると身体が浮き上がるような感じが得られ、これまでにも尚子は現場道路でそのような運転をしてスリルを楽しんだ経験があり、同夜もそれを再現しようとしたものと推認される。なお、現場道路は東西に通じる大規模農道で、カーブや勾配の激しい山あいの道路で、アスフアルト舗装されており、幅員は五・八メートルである。事故当時は深夜で街灯などの照明はなかつた。
ヘ 同日午前三時過ぎころ、現場で、尚子は被告唐金に「ジエツトコースターのような面白い道。一〇〇キロくらい出してキンコンキンコン音がするぐらいになると身体が浮いて面白い。」と言つて、被告唐金に高速で運転するよう求めた。被告唐金が事故現場を一度運転したところ、尚子は、速度が遅かつたとして、「今のは身体が浮かなかつたから面白くない。もう一度行つて。」と言つて、被告唐金にUターンして再度高速で運転することを求め、これに従つてUターンして再び走行を開始した被告唐金に「もつと。もつと。」と速度を上げるよう促した。そして、速度が時速八〇キロメートルくらいに上がつたところで、被告唐金は道路の起伏とカーブとスピードに対応できず、運転操作を誤つて走行の自由を失い、事故車を道路右側ガードレールを破つて路外に暴走転落させ、本件事故となつた。
2 以上の事実が認められ、原告久保守本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲証拠に照らしたやすく採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
四 被告らの責任
そこで、以上の事実をもとに、被告らの責任の有無につき検討する。
1 被告唐金の責任
イ まず、被告唐金は、尚子とは今まで話をしたことはなく菊川を介しての顔見知りという関係で、当夜日和佐に行つたのも、もともとは単なる好意同乗者としてであつた。その被告唐金が事故車を運転するようになつたのは、前記認定のとおりもつぱら尚子の都合によるものであり、事故車を運転するのも初めてであつた。また、本件事故現場を走行したのは高速運転によるスリルを楽しむのが目的であつたが、これはもつぱら尚子の主導によるものであつた。このような事情や、もともと事故車が尚子の父親の会社のものであつたことなどから、前記認定のように走行の反復や速度の上げ方に至るまで尚子が細かく指示し、被告唐金はその指示のままに走行したものである。
右によれば、被告唐金が成年に達しており、短大の上級性であつたことを考慮に入れても、事故車の具体的運行に対する尚子の支配の程度は、運転していた被告唐金のそれに比して優るとも劣らなかつたものというべきであつて、このような場合、尚子は被告唐金に対する関係において、自賠法三条の「他人」にあたるということはできないと解される。よつて、被告唐金は自賠法三条に基づく損害賠償責任を負わない。
ロ しかし、前記認定のように、本件事故の直接の原因は被告唐金が道路の起伏とカーブとスピードに対応できず、運転操作を誤つたことにあるから、民法七〇九条により、被告唐金は尚子の死亡による後記損害を賠償する責任がある。
ハ また、被告唐金は、同じく民法七〇九条により、事故車の所有者である原告会社に対し、本件事故による事故車の後記物的損害を賠償する責任がある。
2 被告会社の責任
イ 被告会社に対する本訴請求は、原告会社の保有者責任を前提に自賠法一六条一項に基づいて保険会社に対し損害賠償額の支払を求めるものであるところ、事故車の具体的運行に対する尚子のかかわりは前記三の1及び四の1のイで認定したとおりであり、右認定の事実に照らすと、事故車の所有者としての原告会社の運行支配が間接的、潜在的、抽象的であるのに対し、尚子のそれははるかに直接的、顕在的、具体的であるから、このような場合尚子は原告会社に対する関係で自賠法三条の「他人」であることを主張することはできないと解すべきである。
ロ よつて、被告会社は自賠法一六条一項に基づく損害賠償の支払義務はない。
五 損害
1 尚子の死亡に伴う損害
イ 尚子の損害
(1) 逸失利益
前掲乙第三、第四号証、原告久保守本人尋問の結果によると、尚子は死亡当時一八歳の短期大学一年生であつたから、二〇歳から六七歳まで稼働できたというべきであり、右事実と当裁判所に顕著な賃金センサス昭和五九年第一巻第一表とにより、年収を女子・短大卒・企業規模計・二〇ないし二四歳の平均年収二〇五万四六〇〇円とし、新ホフマン方式により逸失利益を算出する(一八歳から六七歳までの係数二四・四一六より一八歳から二〇歳までの係数一・八六一を控除した二二・五五五を乗じる。)。生活費割合は五〇パーセントとする。
右によると、逸失利益は二三一七万〇七五一円である。
2,054,600×22.555×0.5=23,170,751
(2) 慰謝料
尚子の経歴、年齢、家族構成その他諸般の事情を考慮すると、同人の死亡による慰謝料は一四〇〇万円とするのが相当である。
ロ 相続
前掲甲第一号証によると、尚子は原告守、同三代の一人娘であり、右原告両名は尚子の右イの損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続した。
ハ 葬儀費
弁論の全趣旨によると、原告守、同三代は尚子の葬儀費七〇万円を各二分の一ずつ負担した。
2 車両損害
弁論の全趣旨により成立を認める甲第五号証によると、原告会社は本件事故に基づく事故車の大破により六二万円の損害を蒙つた。
3 過失相殺
イ 原告守、同三代関係
右被告唐金の運転に及ぼした前記認定のような尚子の直接的、具体的指示の態様、程度を考慮すると、本件事故の発生については尚子にもまた大きな過失があり、被告唐金の過失と尚子のそれとの割合は、被告唐金が四、尚子が六と認めるのが相当である。
よつて、原告守、同三代の各損害は、右1のイの(1)及び(2)ならびにハの各二分の一の合計額である各一八九三万五三七五円の四割にあたる七五七万四一五〇円である。
ロ 原告会社関係
事故車は原告会社の所有であるが、原告会社は尚子が事故車をしばしば運転するのを容認してきたものであるところ、本件事故の原因は、右イのとおりその尚子の過失が六割を占めているのであるから、公平の見地から、過失相殺の法理を準用して、被告唐金が原告会社に対して賠償すべき車両損害は、右2の六二万円の四割である二四万八〇〇〇円とするのが相当である。
4 弁護士費用
本訴事件の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告守、同三代が本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、各八〇万円とするのが相当である。
六 結論
1 以上の次第であるから、
イ 原告守、同三代の被告唐金に対する本訴請求は、それぞれ、八三七万四一五〇円、及び、右のうち弁護士費用を控除した七五七万四一五〇円に対する本件事故の日である昭和六〇年七月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却する。
ロ 原告会社の被告唐金に対する本訴請求は、二四万八〇〇〇円、及び、これに対する右同様の遅延損害金の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却する。
ハ 原告守、原告三代の被告会社に対する本訴請求はいずれも理由がないから棄却する。
2 よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 二宮征治)